読むのが追いつかない2009/01/27 21:14

いつもの事ではあるのですが、まとめたいのにまとまらない。
そうです、弥生時代の渡来人について、です。
そもそも、なぜそこまで拘っているのか?
日本語の起源に、どこまで関わってくるのか、という気もしないでもありません。
そこで、事実関係よりも、まず、考え方の整理からしてみようかと・・。

まず、原則として「言語は人が伝えるもの」と考えます。
ある集団の使用言語が比較的短期間に変化するには、他言語の集団の影響が不可欠であろう、というものです。
要するに、日本列島における縄文時代晩期から弥生時代にかけて考えて見ると、渡来人がある程度の集団でやってきたのでなければ、縄文人の言語に大きな影響を与えてはいないであろう、という考えです。

今で、目を通してきた文献においても、渡来人は少人数であったであろうという見解が多く、それなりの説得力があったと思っていたので、私自身も同様の見解であり、これまでのこのブログの書き込みも、同じ考えに基づいていたのですが、その根拠については、何か漠然としたものがあったのです。

その漠然としたものが、少しずつはっきりしたものに、なっていっているのですが、逆にこの中途半端な状態では頭の中が整理できませんね。

そうなると、更に文献を探したくなる訳です。
人の動きは、文化の動きでもあり、文化の動きは、物の動きでもあります。
その「物」とは、どうしても「遺跡に眠る遺物」ということになり、考古学の領域です。
石器や土器を始めとして、高床式住居(倉庫)の柱の位置・間隔などからも、そこで暮らしていた人達がどのような人達で、どこからやってきた人達なのかがわかる、ということが分かってきました。
そのような訳で、まずは「考古学」に拘るのです。

正直なところ、日本語の起源という目標はあるものの、考古学という学問から教えられることの数々は、とても興味深く、また現代の暮らしを考える上でも、多くの問題提起をしているように感じます。
その辺りのことは、このブログの目的とはだいぶ異なるので、今は置いておきますが、いずれ取り組んで見たいという思いはあります。

だんだん話がそれてきているような感じもありますが、まずは、弥生時代に関わる考古学です。
そこで、打ってつけの本を入手したので、紹介だけしておきます。
『弥生文化の成立 大変革の主体は「縄紋人」だった』(金関 恕+大阪府立弥生文化博物館 編:角川選書)です。
タイトルの通り、この本の全てが今の目的に一致するという期待があります。
しかし、まだ読み始めてもいないのです。
いろいろと探して入手したのは良いのですが、それ以前に読み始めた本がまだまだ終わらず、読むのが追いつかない、というわけです。