燃費向上運転術④-燃費向上のアクセルワーク(1) ― 2009/10/02 17:03
少々、間が空いてしまいました。
実は、ちょっと思い悩むというのか、躊躇するところがあって、今一度考え直していたのです。 そんなに複雑な話しではない筈なのに、どうも複雑な方へ向かっている気がしてきました。
いまいち、まとまりきらないのですが、要点を挙げると次のようになります。
・如何に「A1」をキープしつつスムーズに走るか。
・「A1」と「A0」を如何に使い分けるか。
状況により「A0」の方が燃費が良い場合と、減速してしまう場合がある。
・発進・加速では、ある程度スピーディーに行った方が良い場合がある。
・アクセルの細かい開け閉めの繰り返し(例えば、A2⇔A1)の効果。
・シフト「S」の併用への疑問
効果の有無というより、アクセルワークのみでシフト「S」は不要かも。
結局、まとまっていませんね。
”メモ”みたいなものだと思って眺めてください。
実は、ちょっと思い悩むというのか、躊躇するところがあって、今一度考え直していたのです。 そんなに複雑な話しではない筈なのに、どうも複雑な方へ向かっている気がしてきました。
いまいち、まとまりきらないのですが、要点を挙げると次のようになります。
・如何に「A1」をキープしつつスムーズに走るか。
・「A1」と「A0」を如何に使い分けるか。
状況により「A0」の方が燃費が良い場合と、減速してしまう場合がある。
・発進・加速では、ある程度スピーディーに行った方が良い場合がある。
・アクセルの細かい開け閉めの繰り返し(例えば、A2⇔A1)の効果。
・シフト「S」の併用への疑問
効果の有無というより、アクセルワークのみでシフト「S」は不要かも。
結局、まとまっていませんね。
”メモ”みたいなものだと思って眺めてください。
『新・日本人の起源』(崎谷 満:勉誠出版)①-急速に進歩した分子人類学 ― 2009/10/02 17:28
『新・日本人の起源-神話からDNA科学へ』(崎谷 満:勉誠出版)を読み始めました。
こういったタイトルの本には、ついつい反応をしてしまいつつも、懐疑的な目で見ていたりもします。
しかし、この本は、最新のDNA科学に基づいており、ここ1~2年の進歩が反映されているようなので、見過ごす訳にはいきません。
そもそも、私自身、このブログを始めるきっかけとなった書籍の、一番初めに読んだ本が、『人類の足跡10万年全史』(スティーヴン オッペンハイマー著)でした。2008年8月の刊行で、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、DNAによる分子生物学によって、人類はいつどこで人類として誕生し、どのような道筋で全世界へ拡散していったのかを解き明かす壮大な物語です。
その後、人骨の形質の比較による「形質人類学」に関わる本も多少、読みましたし、日本人起源論の歴史、経緯についても、少し理解しました。(そういえば、何かやりかけだったような・・・。)
それらの知識や、関係する研究は、決して意味のないものではないのですが、結局のところ分子生物学というDNA科学には、太刀打ちできない、そんな印象を改めて感じました。(まだ、読み終わってませんが・・・。)
形質人類学と分子人類学の比較のようなことから始まり、形質人類学が如何に貧弱であるのかと言わんばかりの論調なのですが、決して対立するような姿勢ではなく、分子人類学では分からないところを、形質人類学によって補完することもある、ということです。
そういう訳で、まだまだ読み始めで、いつものように少しずつ、のんびりと読み進めることになると思うのですが、新しい試みを思いつきました。
今まで、読んだ本についてまとめようと思いつつも、能力と根気と持久力が不足している為に、なかなか思うようには出来ずにいました。(一応、自覚はしています。)
そこで、「きちんと正確に、まとめようとするからいけないんだ」と思うことにしました。
きちんとまとめるには、当然、読み返しながら理解を深め、簡潔な文章を考えなければなりません。これには、労力も能力も必要で、手に余る、ということです。
労力を省き、少ない能力でできることをしようと。
[結論]
印象に残った事を、記憶を頼りに書く。
読み返さない。正確さは二の次?
固有名詞くらいは、読み返して正確に書く。
読み途中でも、そこまでの事を書く。
こんな感じです。
これなら、少しは実行できそうな気がしませんか!?
こういったタイトルの本には、ついつい反応をしてしまいつつも、懐疑的な目で見ていたりもします。
しかし、この本は、最新のDNA科学に基づいており、ここ1~2年の進歩が反映されているようなので、見過ごす訳にはいきません。
そもそも、私自身、このブログを始めるきっかけとなった書籍の、一番初めに読んだ本が、『人類の足跡10万年全史』(スティーヴン オッペンハイマー著)でした。2008年8月の刊行で、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、DNAによる分子生物学によって、人類はいつどこで人類として誕生し、どのような道筋で全世界へ拡散していったのかを解き明かす壮大な物語です。
その後、人骨の形質の比較による「形質人類学」に関わる本も多少、読みましたし、日本人起源論の歴史、経緯についても、少し理解しました。(そういえば、何かやりかけだったような・・・。)
それらの知識や、関係する研究は、決して意味のないものではないのですが、結局のところ分子生物学というDNA科学には、太刀打ちできない、そんな印象を改めて感じました。(まだ、読み終わってませんが・・・。)
形質人類学と分子人類学の比較のようなことから始まり、形質人類学が如何に貧弱であるのかと言わんばかりの論調なのですが、決して対立するような姿勢ではなく、分子人類学では分からないところを、形質人類学によって補完することもある、ということです。
そういう訳で、まだまだ読み始めで、いつものように少しずつ、のんびりと読み進めることになると思うのですが、新しい試みを思いつきました。
今まで、読んだ本についてまとめようと思いつつも、能力と根気と持久力が不足している為に、なかなか思うようには出来ずにいました。(一応、自覚はしています。)
そこで、「きちんと正確に、まとめようとするからいけないんだ」と思うことにしました。
きちんとまとめるには、当然、読み返しながら理解を深め、簡潔な文章を考えなければなりません。これには、労力も能力も必要で、手に余る、ということです。
労力を省き、少ない能力でできることをしようと。
[結論]
印象に残った事を、記憶を頼りに書く。
読み返さない。正確さは二の次?
固有名詞くらいは、読み返して正確に書く。
読み途中でも、そこまでの事を書く。
こんな感じです。
これなら、少しは実行できそうな気がしませんか!?
『新・日本人の起源』(崎谷 満:勉誠出版)②-ここで言う神話とは!? ― 2009/10/03 15:49
サブタイトルに「神話からDNA科学へ」とありますが、この”神話”の文字が、ちょっと紛らわしい気がします。
いわゆる”日本神話”を連想し、アマテラスやスサノオが出てきそうな感じも受けますが、そんなことはありません。
冷静に考えれば分かることなのでしょうが、日本神話とDNA科学とのギャップに、”何かある!?”と感じないこともありません。
さて、実際のところ、ここで”神話”と呼んでいるのは、人類進化の一つの説である「多地域進化説」や、日本人の起源のモデルである「二重構造モデル」など、形質人類学に基づいた仮説などのことです。
崎谷氏いわく、DNA科学が発展した今となっては、形質人類学によるこれらの仮説は、既に「神話」に等しい、ということなのでしょう。
これらの仮説が、もはや古いもので、信憑性が無いものである、ということに全くの疑問はないのですが、思わぬ勘違いをしていたことに気づきました。
「二重構造モデル」についてなのですが、簡単に言えば、南方系旧モンゴロイド(縄文人)に対して、北方系新モンゴロイド(弥生人)が、後から日本列島へやってきた・・・、というモデルです。
何が勘違いであったかというと、この二重構造モデルは、多地域進化説に基づいている、ということです。
ここで言う、縄文人と弥生人は、生物学的亜種~種が異なる、ということなので、別々の”原人”から、異なる”新人”へと進化した、ということなのだそうです。
私の場合、二重構造モデルを知る前に、アフリカ発祥による「単系統説」を理解していたので、生物学的亜種~種は同一という認識で、それぞれ生活してきた環境の違いなどにより、異なる形態的変化を経てきた、と思っていたのです。
何れにしても、日本列島へやってきた人々は、生物学的亜種~種は、同一でありながらも、東アジアの各地で多様化した、さまざまなDNA(ハプログループ)を持つ人々が起源で、さまざまな方面から、多くの時代に亘ってやってきた、ということが言えるようです。
日本列島は、世界に類を見ない程、DNAに多様性を持っている、ということです。
いわゆる”日本神話”を連想し、アマテラスやスサノオが出てきそうな感じも受けますが、そんなことはありません。
冷静に考えれば分かることなのでしょうが、日本神話とDNA科学とのギャップに、”何かある!?”と感じないこともありません。
さて、実際のところ、ここで”神話”と呼んでいるのは、人類進化の一つの説である「多地域進化説」や、日本人の起源のモデルである「二重構造モデル」など、形質人類学に基づいた仮説などのことです。
崎谷氏いわく、DNA科学が発展した今となっては、形質人類学によるこれらの仮説は、既に「神話」に等しい、ということなのでしょう。
これらの仮説が、もはや古いもので、信憑性が無いものである、ということに全くの疑問はないのですが、思わぬ勘違いをしていたことに気づきました。
「二重構造モデル」についてなのですが、簡単に言えば、南方系旧モンゴロイド(縄文人)に対して、北方系新モンゴロイド(弥生人)が、後から日本列島へやってきた・・・、というモデルです。
何が勘違いであったかというと、この二重構造モデルは、多地域進化説に基づいている、ということです。
ここで言う、縄文人と弥生人は、生物学的亜種~種が異なる、ということなので、別々の”原人”から、異なる”新人”へと進化した、ということなのだそうです。
私の場合、二重構造モデルを知る前に、アフリカ発祥による「単系統説」を理解していたので、生物学的亜種~種は同一という認識で、それぞれ生活してきた環境の違いなどにより、異なる形態的変化を経てきた、と思っていたのです。
何れにしても、日本列島へやってきた人々は、生物学的亜種~種は、同一でありながらも、東アジアの各地で多様化した、さまざまなDNA(ハプログループ)を持つ人々が起源で、さまざまな方面から、多くの時代に亘ってやってきた、ということが言えるようです。
日本列島は、世界に類を見ない程、DNAに多様性を持っている、ということです。





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